国道51号線の北側、旭中学校や四街道総合運動公園周辺は、市内でも緑が多く旧家が点在する地域。旭ケ丘やみそらの住宅地からほんの少し移動しただけで、目の前に広がる景色が一変します。そんな里山の中にひっそりと「あさひクヌギの里」の炭焼き小屋と窯がたたずんでいます。

 炭焼き窯ができたのは平成13年。すぐ前にある中臺家の当主中臺雄三さんが、周囲の森の資源を燃料として活用させるだけでなく、森の持つ自然な再生のリズム、循環型社会を築きたいと作りました。中臺さんの思いを継いで活動するメンバーは約15名。地元の人だけでなく、つくし座や遠く津田沼に在住し会社勤務の定年退職後に加わって、熟年の面々が集います。


 初めてこちらを訪れたのは、まだ春浅い3月前半。満開の梅の花とようやく芽吹きだした木々に囲まれて、皆さんは窯の火入れとそれに関わる作業にいそしんでしました。
                    

 炭の材料となる原木は、びっしりと窯の奥から縦に並べられてから着火します。火は、焚口(カマド)と呼ばれる30センチほどの開口部で焚かれ、その手前はレンガを詰んで煙が外に漏れないように土を練った自家製の粘土で隙間が埋められていました。窯では「パチパチ」と音を立てて、炎が激しく上がり、薪として森林竹林整備から出る間伐材や落ち葉、廃材などがどんどんくべられています。火の勢いを増すために、前から扇風機も風を送り込みます。「均等に火が回り窯の中の温度を均一にするために、薪のくべ方にも注意が必要なのです」   
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 温度変化に耐え続けた窯は、老朽化と近年の大雨などで崩れ、当初の3分の1になったそうですが、会では修理を加えながら大切に使い続けています。

 炭の材料になる原木は、付近の森やたろやまの郷で伐採し乾燥させたクヌギやナラなどの広葉樹。孟宗竹を使って竹炭を焼く時もあるそうです。炭焼きは木を切ることから始まるといわれますが、短いものでもげっこうな重量で、窯の前まで運び込むのも大変な作業です。

 一足遅れてやってきたのは、日暮さん母娘。落ち葉を集めたり、みんなの昼食用に自家製のおにぎりやおしんこを用意したりと、かいがいしく動き回ります。会の創立期からのメンバーだったご主人が7年前に亡くなり「あんなに夢中になっていた炭焼きってなんだったのか」を知りたくて二人で顔を出して以来、すっかりその魅力に虜になってしまったそうです。どちらかというと寡黙なメンバーの多い中、日暮さん母娘が活動をにぎやかに盛り立てています。

 やがて、窯の奥の煙突からは白い煙が上がります。煙の行く手には10mほどの長い煙突が伸びており、この中を往来した煙は冷やされ、やがて褐色の液体となり再び煙突口に戻ってきます。ポトリポトリと落ちる褐色の液体をバケツに集めたものが「木(竹)酢液」です。土壌改良や消臭効果、最近では除菌効果も注目され、人気が高いそうです。
   どろりとした木酢液を使いやすくするために、ろ過するのに必要な窯はメンバーの手作りです。



 火入れしてから数日後、煙の色を見ながら火は消されます。窯の中では原木をゆっくりと木を蒸し焼きにすることで、酸素や水素とともに不純物が抜けて炭化されていきます。


 そして2週間後、クライマックスともいえる「窯出し」の日を迎えます。


 窯出しの日、森は春の盛り。ホトトギスの鳴き声が響き渡り、寒緋桜が見頃を迎えていました。

 すっかり冷え切ったレンガを取り払い、ヘルメットやゴーグル、作業用の手袋と完全防備の姿で焼きあがった炭を取り出します。身をかがめてから高さ1メートル、2坪ほどの広さの窯の中に入ります。窯いっぱいに立ち上る灰の中から取り出したのは、真っ黒に輝く炭。もとの10分の1ほどのかさになるそうですが、長いものや短いもの、中には断面が菊の紋章のようなの「菊炭」と言われる貴重なものも含めて今回は約100㎏が焼きあがりました。手渡しされた炭は、次々とかごに盛られメンバーの顔は思わずほころびます。「今回は上々の出来かな」。経験だけでなく、運や知識も必要とされる炭焼きの技術ですが、クヌギの里ではこの瞬間をみんなで分かち合うために今でも試行錯誤が続けられています。

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3度目にクヌギの里に伺ったのは5月中旬。今年3回目の窯出の日でした

 森は初夏の装い。滴るような緑が目にまぶしく、日暮さんの畑に咲いていたというシャクナゲの花が小屋のテーブルを華やかにしていまし た。
 待ち時間の多い炭焼き作業の中で、メンバーが一服するのは小屋の中の半割のドラム缶かまどとその脇の大きなテーブル。カップ麺、持ち寄りのお菓子やおかずを食べ、世間話で時を過ごしますが、メンバーの話しぶりはさっぱりと穏やかです。
定例活動日ではリーダーの掛け声のもと、活動がスタートします。原木をチェーンソーで切りそろえる人、薪を集める人、木酢液抽出のための窯の手入れをする人、小屋のガラス戸の拭き掃除…。みんなが黙々と自然体で、この森で自分の役割を担い、森での時間を大切に過ごしているのです。

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 そういえば以前には小屋になかった電子レンジや洗濯機がいつの間にか備え付けられていました。「好きな時にいつでもここで暮らせるようにね」とメンバーは笑いますが、まんざらでもなさそうです。

 
季節のうつろいを楽しみながら、自分の役割をみつけ、森の恵みを享受しながら森の資源を回す。あさひクヌギの里は、みどりの中にある大人のための隠れ家といえそうです。

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